信仰の証し人

アイキャッチ用 小坂神父の今週の糧

大聖年を迎える準備のため、教皇ヨハネ・パウロ二世は「紀元2000年の到来」という書簡を出され、その中で次のように言われました。「教会は最初の数世紀、殉教者の証しについて心を配り、特別な殉教録を書き残しています。わたしたちの世紀において、殉教者が再来しました。教会は可能な限り、彼らのあかしを保持すべきです。……わたしたちの時代において、キリストの真理を完全に生き抜いた人々の聖性に十分注意を払い、全世界の教会のために殉教録を更新することは使徒座の務めです。とりわけ、結婚生活においてキリスト者の召命を生き抜いた男女の英雄的な徳についての認識を深める必要があります。」(同書簡37)

また、同教皇は「新千年紀の初めに」の書簡において、これをもう少し具体的に示して述べておられます。「これからの司牧的歩み全体がまずの第一に目指すところは聖性である、とためらわずに申し上げます。聖年が過ぎ、通常の歩みが新たに始まりました。今、聖性を目標に掲げることは、司牧上かつてないほど急を要する義務です。主の言われる『完全な者になりなさい。』(マタイ5,48)という『完全』を、まるでわずかな聖性の『天才』にだけ可能な、通常を超えた生活の部類と同義語ととらえてはなりません。ここ数年間多くのキリスト者が列聖、列福されました。その中には、普通の生活環境の中で聖化された数多くの信徒がいます。今は、すべての人に普通のキリスト的生活の『気高さ』を、信念を持って新たに提示する時です。教会共同体生活およびキリスト者家族の生活はすべて、これに方向付けられていなければなりません。」(同書簡30~31)

今年、サレジオ家族においてドン・ボスコの母マンマ・マルゲリタの帰天150周年を迎え、その生き方、霊性、聖性に目を向けながらわたしたち自身の聖性への努力を促されています。マンマ・マルゲリタの模範は、当初から皆に認められ、すでに1950年代には、列福への運動が起こっていましたが、当時は一農家の婦人がそのような者には適さないと考えられていました。しかし、第二ヴァチカン公会議は「教会憲章」において「すべてのキリスト信者は、聖性とそれぞれの身分における完徳とを追求するように招かれ、また義務付けられている。」(42)という教えによって、その道を全うされたマンマ・マルゲリタを信仰の証し人、聖性の模範として見直し、わたしたちが聖徳への努力に励むようにと、1995年から再び列福の運動と祈りが展開されています。

主任司祭 小坂正一郎

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