ゆるしの秘跡(No.1)

アイキャッチ用 田中神父の今週の糧

クリスマスや復活祭の準備のため、日曜ごとに横浜サレジオ等から「ゆるしの秘跡」のために神父様に来ていただいています。今年は先週の四旬節第一主日から始まっています。四旬節の一つのテ-マは「回心・改心」ですので、是非「ゆるしの秘跡」を受けて下さい。
秘跡は「神の超自然の恵みを与え、それをあらわすしるし」です。全ての秘跡はイエスさまが制定されました。イエスさまのご生涯のすべてが「神様の愛の目に見えるしるし」であったように、心身を持つ人間にとって、ある意味で体を持って体験するお恵みです。私達も、通常の「ゆるしの秘跡」以外に、黙想会のたび毎に「一年の総告白」をしますが、終わった時の“安心感・安らぎ”はまた格別なものがあります。
復活されたイエスさまは、その日の夕方、使徒達に現われ、彼らに“息”を吹きかけて、「聖霊を受けなさい。あなた達がゆるせば誰の罪でもゆるされ、ゆるさないで留めておけば、ゆるされないまま残る」(ヨハネ20・22)と言われ、秘跡を制定されました。
罪をゆるすことは“神”にしか出来ません。しかし、キリストさまはそれを使徒達・教会を通して行おうと望まれたのです。神学生の時、ダルクマン神父様から聞いたお話です。ある一人の人は、ゆるしの秘跡を受けながら、ふとこんな考えが頭をよぎりました。「何だかんだと言っても所詮、俺達と同じ欠点だらけの神父に告白するんじゃない?……」その時、いつもとは違って、告白場の神父が「私は、あなたの罪をゆるします」と言われたので、顔を上げてみると、茨の冠を頭に、唾で汚れた顔のイエスさまが、釘を打ち込まれて血が滴り落ちる右手で、十字架のしるしをして下さっている姿が目に飛び込んできました。その時その人は無我夢中で「イエスさま、疑ってごめんなさい」と大きな声で謝り、頭を下げました。しばらくして顔を上げると、そこにはいつもの教会の神父様が座っている姿が目に入りました。
毎回、毎回、私達が「ゆるしの秘跡」を受ける度に、イエスさまが十字架に貼りついている手をはずして、ゆるしの言葉と十字架のしるしをして下さるならば、どんなに真面目に「ゆるしの秘跡」に取り組むことでしょうか……でも実際にはそうなのです……。

主任司祭 田中次生

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