福沢諭吉のすすめ

アイキャッチ用 松尾神父の今週の糧

4月、鷺沼教会でも多くの若者が上級学校へ進学しました。それぞれの学び舎で神様から与えられたタレントを発揮して下さるようお祈りで支えたいと思います。

慶応義塾大学に進学した方もおられますので、創立者・福沢諭吉とキリスト教について触れたいと思います。
諭吉といえば、彼の著書『学問のすすめ』の冒頭の言葉「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、といえり」が有名です。福沢諭吉はキリスト教排斥論者として知られていますが、それはキリスト教列国の植民地政策への反感であって、キリスト教そのものへの理解は深かったはずです。上記の言葉の中にもなんとなくキリスト教的下地があると思われませんか。

諭吉が積極的にキリスト教について触れているのは、2人の息子宛に書いた、1871年(明治4年)に出された『ひびのをしへ』です。少し引用してみましょう。

「てんとうさまをおそれ、これをうやまい、そのこころにしたがうべし。ただしここにいうてんとうさまとは、にちりんのことにあらず、西洋のことばにてごっどといひ、にほんのことばにほんやくすれば、ぞうぶつしゅというものなり」。

「世のなかには父母ほどよきものはなし。父母よりしんせつなるものはなし。父母のながくいきてじょうぶなるは、こどものねがうところなれども、けふはいきて、あすはしぬるもわからず。父母のいきしにはごっどのこころにあり。ごっどは父母をこしらえ、ごっどは父母をいかし、また、父母をしなせることもあるべし。てんちばんぶつなにもかも、ごっどのつくらざるものなし。こどものときよりごっどのありがたきをしり、ごっどのこころにしたがうべきものなり」。

父のこの教えを受けた長男・一太郎は成長して、米国のキリスト教主義学校オベリン大学に留学し、洗礼を受けています。三女の俊、四女の滝も洗礼を受け、特に滝はYMCA(東京女子青年キリスト者会)の会長を20年にわたって勤めています。

大坂適塾での蘭学、江戸での英語の修行に励み、自らにも若者にも学問の大切さを説いた諭吉にならって、私たちも生涯養成に努めたいものです。

主任司祭 松尾 貢

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