いつくしみの特別聖年

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フランシスコ教皇は、12月8日無原罪の聖母の祝日から来秋11月20日、王であるキリストの主日までを、「いつくしみの特別聖年」とされました。

教皇は、特別聖年の狙いを、さまざまな進歩と問題をはらむ現代社会に生きるわたしたちがおん父のいつくしみを示す効果的なしるしになるためだ、と説明しておられます。

「イエス・キリストはおん父のいつくしみのみ顔です。キリスト者の信仰の神秘は、ひと言でいえばこの表現に尽きる気がします。いつくしみは生きたもの、見えるものとなり、ナザレのイエスのうちに頂点に達しました。……いつくしみ、それはわたしたちの罪という限界にもかかわらず、いつも愛されているという希望を心にもたらすもので、神と人とが一つになる道です」。

神のいつくしみは、イエスの言葉と行い、そして全人格を通して、わたしたちに明らかにされました。日々の生活の中で、この「神のいつくしみ」のしるしとなることができますように、待降節の間、考え実行していくことが求められています。

そして聖年開始を12月8日にする意味を、教会の最近の歴史にとって重要な意味を持つ日として、次のように説明されます。

まさに第二バチカン公会議終了50周年目に当たる日に、わたしは聖なる扉を開くことになります。この出来事によって、教会の歴史は新しい段階へと移りました。公会議教父たちは、現代の人々に神のことをもとわかりやすい方法で語らねばならないということを聖霊のまことの息吹として、はっきりと感じていました。

たどるべき道を示すために、聖ヨハネ23世教皇が公会議の開会宣言として述べられた意義深い言葉が思い出されます。

“今日、キリストの花嫁である教会は、厳格さという武器を振りかざすよりも、むしろいつくしみという薬を用いることを望んでいます。(中略)カトリック教会は、この公会議で普遍的真理のともしびを掲げながら、この上なく情け深いすべての人の母を示したいのです。別れた子どもたちに対して、寛容で忍耐深く、あわれみといつくしみの心に動かされる母です”。

主任司祭 松尾 貢

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