はじめまして No.2

ウンベルト記

ウンベルト・カバリエレ神父

ウンベルトが生まれるやいなや、母は3人兄弟をつれて、教会まで出かけて洗礼式。洗礼盤が幼子の涙で満ちあふれたに違いない……大きな恵みの感動か、恐怖のあまりか。1930年6月5日生まれ、7日登録、さて母は、これらの出来事を心に納めていたでしょうか。

長じて僕はサレジオ会に入会し、34歳の時まで帰国することができなかったのだが、帰れた時、初めて母から幼い時代の話を聞かされた。

「長男フリオは素直で大人しい、二男ホセもそう、お前は、全然! 落ち着きなく苦労したわ……。」僕は目を丸くして、馬耳東風。

そのとき、見たことのない古い写真を母の部屋のある引き出しに見つけ、さっそくコピーをした。すべて白黒やダブルトーン。中の一つは、1歳の記念写真! 寝かせてうつ伏せで裸の写真……まあ恥ずかしい……ブエノスアイレスではそういう習慣があった、とか。兄貴たちのはないではないか? と聞いたが、母曰く、余裕がなかった、と……。ウンベルト赤ちゃん

残念ながら、幼いころの記憶が一つも残っていない。ただ一つ覚えている事と言えば、5歳の頃だったか、兄貴たちに腕力もその他いろいろ負けっぱなしだったので、大分、マグマが溜まっていたのだろう。ある日、兄貴と衝突。小さいアパートの中庭で、父がプランターの整理をしていた。噴火した火山が、大きな口を開けて、分けのわからない悪口や広場で聞いて覚えて来た下品な言葉を噴出した。家の外まで聞こえただろうか、“てめえら……!! バカ野ぁぁぁ……”と言おうとしたとき、3歩離れていた父が、右腕を上げたまま僕の前に近づいて来て、ピシャッと左頬っぺたに一発!! そのまま父が僕の真ん前に立って睨み付けた。19秒だった。黒澤明監督はこの場面にヒントを得て、7人の侍で三船敏郎の役を決めたに違いない。

父はあの19秒の間、一言も言わなかった。僕は口を開けたまま、言葉を飲み込んだ、あの19秒に一生の説教が聞こえた気がした。たった一回の父の叱責……!

やっぱり、“男は黙って、サッポロビール”


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